
昔々、遠い昔のこと。マガダ国に、摩訶賓倶羅(まかぴんくら)という名の王がおりました。王は、その名が示す通り、輝くばかりの黄金色の肌を持ち、王冠を戴けば、まるで太陽神のごとき威厳を放っていました。しかし、その心は、闇に覆われた影のように、猜疑心と嫉妬に満ちていたのです。
王には、聡明で徳の高い王妃がおりました。王妃は、民を慈しみ、国を安んじることを常に願っておりました。しかし、王は、王妃の美しさと賢さを、自分の地位を脅かすものとさえ感じてしまうのでした。王妃が民から慕われれば慕われるほど、王の心には黒い雲が立ち込め、不穏な考えが渦巻いたのです。
ある日、王は、王妃の元へ側近を呼びつけ、冷たい声で命じました。「余は、王妃の忠誠を試したい。王妃に、この世で最も甘美な果実を献上せよ。しかし、それは、王の許可なくしては決して口にしてはならぬ。もし、王の許可なく口にしたならば、その罪は死をもって償わせる。」
側近は、王の命令を王妃に伝えました。王妃は、王の突然の命令に戸惑いましたが、王の言葉に逆らうことはできず、ただ静かに頷きました。王妃の心には、王の真意を測りかねる不安がよぎりましたが、王の寵愛を失うことを恐れ、それ以上何も問いませんでした。
王は、王妃に、王宮の奥深くにある、誰も立ち入ることのできない庭園の、特別な果樹から採れた果実を献上させました。その果実は、見かけは美しく、芳しい香りを放っておりましたが、王妃は、王の厳命を思い出し、ただそこに置いたまま、決して手を触れることはありませんでした。
月日は流れ、王の猜疑心はますます募っていきました。王は、王妃が密かに果実を食したのではないかと疑い、王妃の侍女たちに、王妃の行動を監視させました。侍女たちは、王の恐ろしい怒りを恐れ、王妃の些細な行動も見逃すまいと目を光らせました。
ある晩、王妃は、庭園を散策しておりました。月明かりに照らされた庭園は、幻想的な美しさでした。王妃は、ふと、あの献上された果実のことを思い出しました。王の命令を遵守しているにも関わらず、王の疑いは晴れないのだろうか。王妃の心は、悲しみと孤独でいっぱいになりました。ふと、王妃の目に、庭園の片隅で、一匹の小さな鳥が、力なく震えているのが映りました。鳥は、空腹と寒さで、羽も震わせ、今にも息絶えそうな様子でした。
王妃は、その哀れな姿に心を痛めました。王妃は、侍女に命じて、鳥に餌を与えようとしましたが、鳥は、弱々しく首を振るばかりで、餌を受け付けません。王妃は、鳥を抱き上げ、その冷たい体を温めようとしました。その時、王妃の目に、献上された果実が留まりました。王妃は、ふと、「この果実が、この鳥の命を救うことができるのではないか」という考えに駆られました。王の命令は、王妃自身が果実を食することへの禁制でした。王妃自身が食するわけではない。鳥に与えることで、王の命令を破ることにはならないのではないか。王妃の心は、一瞬、救済の光を見たような気がしました。
王妃は、熟慮の末、王の命令を厳密に解釈し、鳥に果実を少しだけ与えることにしました。王妃は、鳥に果実の蜜を少しだけ舐めさせました。すると、不思議なことに、鳥はみるみるうちに元気を取り戻し、力強い鳴き声をあげて飛び立っていきました。王妃は、鳥が元気になった姿を見て、安堵すると同時に、王の命令を破ってしまったのではないかという微かな不安も感じていました。
しかし、王は、王妃が果実を鳥に与えたことを、どのようにして知ったのでしょうか。それは、王の命令で王妃を監視していた侍女の一人が、王に密告したからでした。侍女は、王の怒りをかおうと、王妃の行動を大げさに王に伝えました。「王妃様は、王様のご命令を破り、あの禁断の果実を、鳥に与えてしまいました!」
王は、激怒しました。王の疑いは確信へと変わり、王妃への憎悪は頂点に達しました。「裏切り者め!余の言葉を何だと思っているのだ!死をもって償わせる!」王は、王妃を牢獄に閉じ込め、即刻、処刑するよう命じました。
王妃は、牢獄で静かに最期の日を待っていました。王妃の心には、後悔はありませんでした。ただ、王の心の闇が、いつか晴れることを願うばかりでした。王妃は、自分を陥れた侍女への怒りも、王への恨みも、一切抱きませんでした。王妃の心は、ただ、慈悲と許しに満ちていました。
処刑の日がやってきました。王妃は、静かに処刑台へと引きずられていきました。民衆は、王妃の美しさと徳を知っていたので、その処刑を嘆き悲しみました。王妃が、処刑人の刀を振り上げる寸前、突然、空が暗くなり、雷鳴が轟きました。そして、どこからともなく、無数の鳥たちが現れ、王妃の周りを飛び回りました。
その鳥たちの中に、あの王妃が助けた一羽の鳥がおりました。その鳥は、王妃の肩に止まり、王に向かって、力強い声で鳴きました。その声は、まるで王の良心を呼び覚ますかのようでした。
王は、その鳥の鳴き声に、何かを感じました。王は、鳥が王妃の肩に止まっているのを見て、王妃が鳥を助けたことを思い出しました。王の心に、一瞬、迷いが生じました。王は、王妃が本当に裏切ったのか、それとも、慈悲の心から行動したのか、分からなくなりました。
その時、王妃が助けた鳥が、王妃の指に止まり、王妃が与えた果実の蜜を、王の足元に一滴落としました。その蜜は、王の足に触れた瞬間、王の心に、長年積もっていた猜疑心と嫉妬の霧を晴らし、純粋な光をもたらしました。王は、王妃の慈悲の深さと、自分の心の愚かさに気づいたのです。
王は、即刻、処刑を中止させました。王は、王妃の元へ駆け寄り、ひざまずいて、深く頭を下げました。「王妃よ、余は愚かであった。余の心の闇に囚われ、貴女の純粋な心を疑ってしまった。どうか、余を許しておくれ。」
王妃は、涙を流しながら、王の手を取りました。「王よ、私もまた、王の心を理解できず、苦しませてしまいました。これからは、共に、この国をより良くしていきましょう。」
王と王妃は、互いの過ちを認め、許し合いました。王は、それ以来、二度と猜疑心に囚われることはなく、王妃と共に、民を慈しみ、国を豊かに治めました。あの鳥たちも、王宮の庭園で幸せに暮らしました。そして、王妃が鳥を助けたという話は、王国の伝説として語り継がれました。
この物語の教訓は、疑いや嫉妬に囚われた心は、真実を見えなくし、人を不幸にする。しかし、慈悲の心は、どんな闇をも照らし、救済をもたらすということです。
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